くらしのたね

ガレットパンへの挑戦


 ガレットはおいしい。ほのぼのと感じる素朴なそのおいしさに、「ガレットはなぜこんなにおいしいのだろう…」と思う。ガレットとはそば粉で焼いたクレープのこと。フランス北西部のブルターニュ地方の郷土料理である。ブルターニュは雨が多く、小麦粉が育たなかったので、蕎麦を育て、粉にして、薄く焼いたのである。一般的にそば粉のものをガレット、小麦粉のものをクレープという。ガレットは塩味の具を入れて作る「お食事クレープ」、クレープは甘い具を入れて作る「デザートクレープ」。クレープ食堂(クレープリー)ではガレットを食べ、リンゴの発泡酒シードルを飲み、サラダを食べ、クレープを食べて食事は終了。町角にはクレープ屋台もあり、これは「おやつクレープ」と言うべきか。まともかく、フランスの食事としてはとても軽食。

 私がガレットを作り始めたのは「蕎麦粉なら日本にもあるじゃないか。ガレットが作れるじゃないか」と思ったことがきっかけ。先日までフライパンで作っていた。それなりにうまくいってはいたのだが、作るたびに脳裏に浮かぶのはパリのクレープ屋台の情景。縁なしの円形鉄板に種を流し、道具を使ってクルクルと丸く延ばし……アラヨッ!と出来上がるあの光景。経験が浅そうなお姉ちゃんがあんなに簡単そうに作っているのに、フライパンで作るといまいちカリッとした仕上がりにならない。齢を重ねた私になぜできぬ! クレープパンがあったらなあ……長年そう思いながら、フライパンでガレットを焼いてきた。

 先月ふと思ったのである。「日本でも売っているんじゃないのか?」と。ネット検索するとありました、ありました。廉価なものから業務用の高価なものまで。選んだのはストウブ社のガレットパン。パンの縁は浅く、すっきりと美しいデザイン。これならキッチンにあっても許される形だ。自分の誕生祝いとして購入した。


ストウブ社のガレットパン



 ガレットパンが届く。喜び勇んで包みを開ける。重い! なんという重さじゃ! 気分、ちょっと萎える。がしかし、夢の道具を手にしたのだ。使わないという選択はない。やってみた。
 なかなかうまく円形に広がらない。弱火がいいのか強火がいいのか、分からない。パリのクレープ屋台の記憶を呼び戻すと、T字の道具は円の中心部にその端を置いて、くるりと回していたはず。同じようにやってみたがうまくいかない。経験が浅そうに見えたお姉ちゃんはかなりの修練を積んでいたのかもしれぬ。自分の不器用さにまたもや心が萎える。ここでひるんではイケナイ! と続けざまに何枚も焼いてみる。段々コツが掴めそうな気配に嬉しくなるが、クレープ屋のお姉ちゃんのように大きな円形はまだ作れない。これは精進あるのみだな。急がずにじっくり取り組もうよ、と自分に言い聞かせた。本格的ガレット作りは私のこれからの課題である。


こぐれひでこ |くらしのたね


 これまで分かったことその1。
最初から強火で焼くと右写真の右側のように気泡の穴がレースのようにできる。弱火だと左側の生地のようにツルリと出来上がる。ガレットのおいしさを考えると、強火で焼くべきか。

 これまで分かったことその2。
形状はまだきれいに焼けないが、フライパンで焼いたものよりも、カリッ度が圧倒的に高い。いや、さすがガレットパンである。これ(写真中央)はガレットの定番、ハムとグリュイエールチーズと卵(=ガレット・コンプレート)。形は悪いが味はかなりのレベルだ。

 これまで分かったことその3。
焼いたガレットで、肉や野菜を包んで食べるとおいしい(メキシコ料理のタコスのように)。ガレットは冷えていてもおいしい。この生地は前菜料理に使えると、思ったのである。



こぐれひでこ「くらしのたね」バックナンバー

やさしい手作りのある暮らし てころはこちら

プロフィール

こぐれひでこ プロフィール

1947年埼玉県生まれ。
イラストレーター。
デザイナーとして活動後、
『流行通信』での連載がきっかけとなり、イラストレーターに。著書には、「食」「暮らし」に関するエッセイも多く、毎日の食事を公開しているホームページ「ごはん日記」は2000年より連載中。読売新聞の「食」に関するコラム「食悦画帳」は2004年より連載中。著書は『こぐれひでこのおいしいスケッチ』(新潮文庫刊)、『小泉今日子×こぐれひでこ 往復書簡』(角川マガジンズ)