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失敗からスタートした我が家の養蜂 | こぐれひでこ くらしのたね

  食材買い出しドライブのルート上にある中華食堂。美味しいのか不味いのか、通るたびに気にかかる。ひとりで買い物に出かけた時、「 一か八かだ!」と心を決めて入ってみた。正午ちょっと過ぎだというのに客はいない。失敗したと思ったが引き返す勇気はない。覚悟を決めて注文したのは冷やし中華そばと一口餃子。数分後、マダム(中国系の人)がやってきてこう言った「ママ(私への呼びかけ)、醤油にするか、ゴマにするか」。「ゴマ」と答えた直後、左手に冷やし中華の皿、右手に小さなボウルを持ったマダムが現れて、「これゴマね」 と言いながら冷やし中華にかけた。目の前でかけられたゴマだれは味噌汁のようにサラサラしていた。冷やし中華そばは白っぽく、全く生気を感じられない。一口食べて驚いた。味がしないのだ。醤油と酢を加えて味を整え、5回ほど麺を口に運んだが不味い。おまけに解凍エビが不快な臭いを漂わせている。ウ~む、これは食べないほうがいいだろうな。箸を置く。

ミツバチの箱|こぐれひでこ くらしのたね


 続いて登場した一口餃子。これはもう見た目だけでびっくり仰天。こ、これは餃子ではないでしょ。ヒダぐらい作ってもいいんじゃないのかい? 大きな一口餃子は揚げ餃子? しかも油がびっちり付いていてベッタベタ。勇気を持って食べてみた。味は冷やし中華よりちょっとだけまし。しかし、「何が悲しくてこんなものを食べなければならないの、私?」 と我に返った私は席を立ち、勘定を済せた。2品で1,400円。


一口餃子|こぐれひでこ くらしのたね



  『ア~まずかった!』運転しながら何度もなんどもそう叫び続けるうちに、「まあ、ああいう不味いものも食べないと、美味しいものを食べた時感動が生まれないから、いい体験だったよ」 と大人っぽい、金持ちっぽい鷹揚な気分になったのである。 とはいえ、その夜、私はワンタンスープを作った。 お昼の味で1日を終わりにするのは、いくらなんでも悲しい。 そう思ったのだ。 私が作ったワンタンスープはこの世のものとは思えぬ深い味わい。 めちゃくちゃ美味しい。 いつもよりずっと美味しく感じるのは昼の体験があればこそ……? 不味いものに出会うのも悪いことばかりじゃないんだね、と思ったのである。


ワンタンスープ|こぐれひでこ くらしのたね





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プロフィール

こぐれひでこ プロフィール

1947年埼玉県生まれ。
イラストレーター。
デザイナーとして活動後、
『流行通信』での連載がきっかけとなり、イラストレーターに。著書には、「食」「暮らし」に関するエッセイも多く、毎日の食事を公開しているホームページ「ごはん日記」は2000年より連載中。読売新聞の「食」に関するコラム「食悦画帳」は2004年より連載中。著書は『こぐれひでこのおいしいスケッチ』(新潮文庫刊)、『小泉今日子×こぐれひでこ 往復書簡』(角川マガジンズ)