くらしのたね

老いたヒデコの悩み:額縁と決心


 パンにするか、ごはんにするか。醤油味にするか塩味にするか。細切りにしようか、ぶつ切りにしようか。私たちの生活の中には小さなものから大きなものまで決心すべきものが満載。いちいち悩まずに決めていることも多々あるが、決めかねて頭の中がぐるぐるしてワケが分からなくなることも時々ある。私は優柔不断な性格なのか? そうじゃないと信じて生きてきたが、歳をとったせいなのか、どうも決断力が鈍っているらしい。何ゆえそんなことを書き始めたのかというと、人生の中で5回目の重大な転機を迎えているからである。 1回目:実家を巣立ったとき。2回目:結婚したとき。3回目:パリに住み始めたとき。4回目:家を造ったとき。そして今回の5回目は海に近い町への移住。

 とりあえず2~3年かけて引っ越しを完了する予定なので、まだまだ残された時間はある。しかしそれが問題なのだ。現在の家にあるモノを新しい家に運んでしまうと、現在の家が間抜けに見えるし、かといって現在の家をそのまま保存しておくわけにもいかない。どっち付かずの状態ですっきりした気分になれず、時々、一気呵成にやってしまいたい! と若い頃の性格が顔を現して、私を悩ませるのである。若きウエルテルならぬ、老いたヒデコの悩みだ。

 先週新しい家に出かけるにあたり「装飾物を移動しよう!」と決断した。今住む我が家の壁には絵、写真、オブジェなどがグチャグチャといっぱい飾られていて、それが我が家の特徴のひとつ。そのとき白羽の矢が立ったのはバスルームの壁に並んでいる「中には絵も写真も入っていないただの額縁」。5個はずしたら、案の定、バスルームの壁は間抜けになった。がしかし、新しい旅立ちのための試みである。心を鬼にして新しい家に連れて行った。 と、意外なことに今までとは違う表情で気持ち良さそうに収まっている。ふ~ん、いいじゃないの、似合うじゃないの、と離れた場所から眺めた。そして、忍耐強く引っ越ししてみようと心を決めたのである。

 額縁のおかげで私の決心が揺るぎないものになったかどうかは疑問だが、まあ、やるっきゃないな、と思っているところ。
 神様仏様、どうか私に決断力と実行力をお与えくださいませ!


現在の家のバスルームにあった額縁たちが…

現在の家のバスルームにあった額縁たちが…


新しい家にやってきた

新しい家にやってきた



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プロフィール

こぐれひでこ プロフィール

1947年埼玉県生まれ。
イラストレーター。
デザイナーとして活動後、
『流行通信』での連載がきっかけとなり、イラストレーターに。著書には、「食」「暮らし」に関するエッセイも多く、毎日の食事を公開しているホームページ「ごはん日記」は2000年より連載中。読売新聞の「食」に関するコラム「食悦画帳」は2004年より連載中。著書は『こぐれひでこのおいしいスケッチ』(新潮文庫刊)、『小泉今日子×こぐれひでこ 往復書簡』(角川マガジンズ)