くらしのたね

故郷に願う都会生活者のエゴ


 今年の夏、あまりの暑さにうちひしがれて「こどもの頃の夏はこんなに暑くなかったよね」同い年の夫と何度もそんな会話を交わした。

 私の中に残る一番古い夏の記憶は荒川河原での水浴び。カ~ンと照りつける太陽、熱く焼けた石、たくさんの人。アメリカ兵たちと彼らのガールフレンド(日本女性)もたくさん。ベビーブーマーであるこどもたちもたくさん。夏の河原は華やいでいた。アメリカ兵からチューインガムをもらった記憶もある。河原でアメリカ兵士が水遊びしていたということは、朝鮮戦争が終わる1953年、つまり私が6歳以前の夏の光景だったのか。

 あの頃、埼玉県熊谷市近辺の荒川は川幅が広くて水量も多く、流れも早かった。それがいま、川幅は極端に狭くなり水量もわずか、水の流れもよく見えず、河原は草原のように広がっている。記憶に残る荒川とはまったく違う川だ。

 故郷はこどもの頃の記憶からどんどん変わって行く。雑木林の中にぽつんとあった中学校の周りには大工場や大型店舗、飲食店、民家がいっぱいできている。補習授業の後、暗くなった雑木林の中を歩いた。月明かりが創りだす自分の影におびえながら歩いた。みんなこうやって変わって行くのか。寂しい。


旧歯科医院 | こぐれひでこ くらしのたね




 しかし身近なところに変わっていないものを発見。母の実家に残されたこの古い建物は約50年前に急死した祖父がやっていた歯科医院。「歯科医院」の看板がはずされた以外、何も変わっていない。この診察室で歯をガ~ガ~と削られたのか……いい思い出じゃないな。隣の小部屋では歯科技工士さんがいつも作業中だった。この人はこどもたちから「ギコウさん」と呼ばれていて、それは彼の本名だと思っていた。診察室の奥には写真の暗室があって、カメラ好きだった祖父がそこで写真を焼いていた。お手伝いのツルちゃんは島倉千代子の歌が上手だったな。などなど……こんなことを懐かしく思い出すのも自分が老人になった証なのだろう。

 故郷は変わらずにいて欲しい。そう願うのは、この地から出て行ったよそ者のノスタルジー。そんなことは百も承知だが、ついついそんなエゴが頭をもたげるのである。



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