くらしのたね

私が思う私の顔/他人が思う私の顔


 私はかねがね思っていた。人は一生、自分の実像を見ることがないのだと。人は鏡に映る姿を見て、自分のイメージを決めている。鏡に我が身を映すとき、人はイチバンいい表情をして、私の姿形はこれだ、と思い込んでいる。
 写真に写った我が身を見て、こんなはずじゃない、これは私じゃない、と愕然とした経験はありませんか? 人は世界中で最も知っているはずの自分を客観的に見ることができない。哀しいことである。
 歴代の画家たちはたいていの場合、自画像を残しているが、果たしてその自画像が他人の目に映るものと同じだったかどうか、怪しい。天才であろうが凡才であろうが、鏡を見ながら自分の顔を描いているはずだからである。私も若い頃、自画像を描いた。鏡に映った自分の顔をそのまま描いたつもりなのだが、出来上がったその自画像はいつも、自分が好む自分の顔。多分、他人の目に映る私よりかわいかったり美人だったりしていたのではないか。もう一つの問題はとびっきりの写真を「自分そのものだ」と思い込んでいること。人は自分のことをいい方にいい方にと考えがち。もちろん私もその一人である。そして他人から「自分の実像」を見せつけられたとき、愕然とするのだ。

↓ これは58歳の私。こんな私をイメージし続けてきたが、現実は違っていた。これはベストショットだったのだ。嗚呼!

白蕪

  なぜこんな話をするかと言うと、こ、これは! と絶句するような「私」がただいま cafeglobe.com というサイトで紹介されているから。 眉毛がない! 性悪そうな表情をしている! まるで手配写真の女のようではないか!
 「手配写真みたいでしょ」友人にそう言うと「そう? いつものあなたと同じだけど」というお言葉! そ、そうだったのか! 私以外の人の目に、私はこんな風に映っていたのか。落ち込んだ。しばらくたって鏡を見ると、たしかにサイトの中で話す映像にとてもよく似た人が映っていた。
 そこで私が思ったのは「現実から目を背けてはいけない! この実像を認めなければ」ということ。しかし、こんなはずじゃなかったのに……という気分も残っている。人間とは面倒くさいものだなあ。



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