くらしのたね

昭和の女が昭和を探す

 月島へ初めて行ったのは53年前の夏だった。家の中から聞こえる笑い声、小さな船、工場の煙突から昇る煙、銭湯帰りのおじさんの背中で湯気を立てている倶利伽羅紋紋。 ああ、ここが東京の下町というところなのか。 田舎から出てきたばかりの私は感激をした。 あれから半世紀余りの時が経ち、この辺りには高層ビルがニョキニョキ。 感激させてくれたあの月島風情はもう、残っていないのだろうか。

 先日用事があって月島へ行った。 早く着きすぎたので「レトロな月島」を探してみようと商店街を歩き出した途端、出会ってしまったのが、おばあちゃん御用達と思われるブティック「赤ちゃん屋」。 赤ちゃん屋という店名はなぜ? 品揃えと店名のギャップに驚き、そして、なぜか心打たれた。 レトロな月島風情今なお、こうやってちゃんと残されていた。 有難や。

月島赤ちゃん屋|こぐれひでこ

 続いて出会ったのが、「これはレトロが詰まっているはず!」と直感した喫茶店。 スマホ片手に入店した途端、店のママが発したのは「私それ難しくて使えないのよ」という言葉。 なんのことか一瞬面食らっていると、ポケットからスマホを取り出して「あんた、使えるの?」と尋ねられた。 あはは。下町っぽい!

 店内にはママさんより年上と思われる女性客が3名。「痛いのよ」としかめっ面をしている人がいて、ママさんに棘を抜いてもらっていた。 この店は年配客の溜まり場なのだろう。 「赤ちゃん屋」の顧客かもしれない。 カウンター周りの貼り紙には「もち菓子」「おせんべい」「煎茶」という文字もあった。 「もち菓子」とは懐かしい言い方! 有難や、有難や。

月島喫茶店|こぐれひでこ

 

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プロフィール

こぐれひでこ プロフィール

1947年埼玉県生まれ。
イラストレーター。
デザイナーとして活動後、
『流行通信』での連載がきっかけとなり、イラストレーターに。著書には、「食」「暮らし」に関するエッセイも多く、毎日の食事を公開しているホームページ「ごはん日記」は2000年より連載中。読売新聞の「食」に関するコラム「食悦画帳」は2004年より連載中。著書は『こぐれひでこのおいしいスケッチ』(新潮文庫刊)、『小泉今日子×こぐれひでこ 往復書簡』(角川マガジンズ)