くらしのたね

「発見! 初喰い! うまい!」プンタレッレ


 N.Yに暮らす日本人アーティスト夫婦のドキュメンタリー映画を観て、体の真ん中にぽかぽかとした熱源が埋め込まれたような気持ちになった。
 それはサンダンス映画祭でドキュメンタリー部門の監督賞を受賞した「キューティー&ボクサー」という映画。N.Y在住の篠原有司男(前衛アーティスト通称ギュウちゃん81歳)&乃り子(画家61歳)夫婦のありのままの生活を描いたドキュメンタリーだ。


夫婦って不思議だ | こぐれひでこ くらしのたね |つくる つかう いろどる tecolo


 篠原有司男という芸術家のことは'60年代後半の美術雑誌で知っていた。モヒカンだったことも覚えている。たしかその頃から彼はギュウちゃんと呼ばれていたはず。と、どうでもいいことしか覚えていないのは、彼の作品があまりに前衛過ぎて、大学生の私にはいいも悪いもよく分からなかったから。彼がN.Yに渡ったということも美術雑誌で知っていたが……まさかまさか、こんなにキュートな女性と40年もの間結婚生活を送っていたとは! 映画館の看板を見て、思わず飛び込んだのである。

 ギュウちゃん(知り合いでもないのにごめんなさい!)は40数年前と変わらず、前衛的な作品を作り続けている。80歳を超えてなお、情熱的だ。「アーティストにならん」とN.Yへやってきた乃り子ちゃん(ちゃん付けしたいほどに、還暦を過ぎた今もかわいい)は、ギュウちゃんと出会って恋に落ち結婚、一男を出産。妻であり、母であり、アシスタントとして暮らしてきた彼女だったが、このドキュメンタリー撮影をきっかけに表現する方法を見つけた。ストーリーを簡単に言えば、そんな感じ。

 ふたりは勝手気まま。言いたいことを言い合う。痛いところを突かれたとき、ギュウちゃんの目がおどおどする。かわいい! と思う。しら~っと怒っている辛辣な乃り子ちゃんの表情もいい。勝手気侭に振る舞いながら、ふたりは「愛」という信頼関係で結ばれている。これは素晴らしいラブストーリーだ。

 夫婦とは不思議なものだ。赤の他人だったふたりがともに生活を続けるうちに、肉親をはるかに超える信頼関係が結ばれるなんて……奇跡みたいに不思議なことだなあとしみじみ思ったのである。
この映画は1月30日まで、東京渋谷のシネマライズで上映中です。



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プロフィール

こぐれひでこ プロフィール

1947年埼玉県生まれ。
イラストレーター。
デザイナーとして活動後、
『流行通信』での連載がきっかけとなり、イラストレーターに。著書には、「食」「暮らし」に関するエッセイも多く、毎日の食事を公開しているホームページ「ごはん日記」は2000年より連載中。読売新聞の「食」に関するコラム「食悦画帳」は2004年より連載中。著書は『こぐれひでこのおいしいスケッチ』(新潮文庫刊)、『小泉今日子×こぐれひでこ 往復書簡』(角川マガジンズ)