くらしのたね

明らかになったキリル文字の意味

  ある雑誌に寄稿した原稿とイラストの校正が送られてきて、編集者からのチェックが入っていた。校正とは、文字や内容、色彩の不具合などを修正すること。チェックは「イラストに描かれた瓶の文字に間違いはないか」というものだった。

ロシアで買ったお土産の瓶|こぐれひでこ くらしのたね

  この瓶は三十数年前、モスクワ空港で買った。ロシア連邦がまだソビエト連邦だったあのころ、空港内の待合室は薄暗く、そこここに銃を携えた兵士の姿があった。ウオッカやキャビア、花柄のスカーフ、マトリューシュカ人形などが並んだ免税店の棚の中で、この瓶だけが私を手招きしていた。ロシア革命を契機に広まったロシアの前衛芸術「ロシアンアヴァンギャルド」の特徴を色濃く持つこのデザイン。しかし金ピカの封蝋にはロシア帝国の名残りが感じられる。革命とノスタルジー、素晴らしい組み合わせだ。モスクワ空港には20回以上立ち寄ったと思うのだが、ロシア語は全くわからない。

 瓶の周囲にはキリル文字でPYCCKИЙCYBEHИPと書かれている。印刷ではなく手書きである。ロシア文字(キリル文字)とローマ字をネット検索して照らし合わせてみたところ、長年不明だった文字の意味が分かったのである。


 P(R) Y(U) C(S) C(S) K(K) И(I) Й(I) = RUSSKII(ルスキー=ロシアン)
 C(S) Y(U) B(V) E(Ye) H(N) И(I) P(R) =SUVENIR(スーベニール)


  革命のスローガンでも書いてあるのかと思っていたが、なんのことはない「ロシアの土産」と書かれていただけだったのであります。
 校正をチェックしてくれた編集者のおかげで、大好きな瓶がますます愛おしく思えてきました。喜びはどこに転がっているか、わかりません。





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プロフィール

こぐれひでこ プロフィール

1947年埼玉県生まれ。
イラストレーター。
デザイナーとして活動後、
『流行通信』での連載がきっかけとなり、イラストレーターに。著書には、「食」「暮らし」に関するエッセイも多く、毎日の食事を公開しているホームページ「ごはん日記」は2000年より連載中。読売新聞の「食」に関するコラム「食悦画帳」は2004年より連載中。著書は『こぐれひでこのおいしいスケッチ』(新潮文庫刊)、『小泉今日子×こぐれひでこ 往復書簡』(角川マガジンズ)