くらしのたね

寒い冬に想うアンダルシアの情熱


 歳のせいなのか、はたまた今年の冬はいつもより寒いせいなのか、身も心も縮んでいる。暖かいところ、いや真夏の太陽がギラギラ照りつけるところに行きたいな。暑いのが大嫌いな私だけれど、こう寒いと、ついついそんなことを考える。できればさ、歴史を感じられるところ。できればさ、異質な文化を持つところ。そんな場所を積極的に歩き回って、驚いたりうっとりしたりはしゃいだりしたい。そんな願いが心の奥深くから沸々とわいてきた。

 「ん、そんなところなら行ったじゃない? 興奮したじゃない」
私の中にいる別の私がそう言った。

 ああ、そうだ。還暦を迎えた記念にひとりで車を駆ったスペイン・アンダルシア地方の旅、あれはエキサイティングだった。紺碧の空、白壁の集落、活気ある生鮮市場、親切な人たち…….どれも私の思い出の中で光り輝いている。ことのほか印象深かったのは、ヘレス・デ・ラ・フロンテーラという町で出会ったフラメンコ(シェリー酒の生産地。スペイン語でシェリー酒はヘレスという)。

 客のまばらなタブラオ(舞台のあるレストラン&居酒屋)の一角にひとりで座り、シェリー酒を飲みながらショーの開始を待った。正直な話、フラメンコショーに期待なんかしていない私だったのだが、ショーが始まった途端、私は舞台で繰り広げられる渦に巻き込まれて、ぐるぐると回っていたのである。グサグサと体の奥深くまで、彼らの放つなにかが突き刺さったのである。壮絶な人生を表現するようなしゃがれ声の歌い手、スパニッシュギターの音色、踊り手の官能的で爆発するような体の動き……舞台には狂おしいほどに激しく、胸が苦しくなるほどの哀愁が満ちあふれていた。

 近くに人の気配を感じて見上げると、そこにはシェリー酒を持ったウエイターの姿。「これは店からのプレゼントです」そう言って立ち去って行った。初老の東洋女性がひとりぼっちで、フラメンコに没頭する姿に心を打たれたのだろうか。感動的な思い出である。

 
タブラオ/バイラオーラ
↑ 情熱的な踊り手は年の頃45歳~50歳か。この情感は人生経験を積まないと表現できそうにない。



カンタオール
↑ ちなみにこれは私がランチしているところにやってきて歌い始め、報酬を要求した素人のカンタオール(歌い手)。素人とはいえ哀愁を帯びたなかなかの歌声。もしかして、身を持ち崩したカンタオールだったか?


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プロフィール

こぐれひでこ プロフィール

1947年埼玉県生まれ。
イラストレーター。
デザイナーとして活動後、
『流行通信』での連載がきっかけとなり、イラストレーターに。著書には、「食」「暮らし」に関するエッセイも多く、毎日の食事を公開しているホームページ「ごはん日記」は2000年より連載中。読売新聞の「食」に関するコラム「食悦画帳」は2004年より連載中。著書は『こぐれひでこのおいしいスケッチ』(新潮文庫刊)、『小泉今日子×こぐれひでこ 往復書簡』(角川マガジンズ)