くらしのたね

69歳での挫折はちょっと哀愁を帯びていた

 還暦を迎えた時、楽器を奏でる人になりたいと思った。
体のサイズに合っている&難易度が低そう、という2つの理由でウクレレに決定。 教育パパ的傾向のある(子供がいないので妻に対して)夫が間髪入れずにウクレレを買ってくれたのだが……妻はそのウクレレを手にすることもなく9年の歳月が過ぎた。その間、平然としていたわけではない。 心の隅でいつも「ウクレレ、始めなきゃ」と思っていたのに、行動に移せないダメな妻だったのである。


 ところが去年の初め、近所にウクレレ教室があるのを発見。 「ウクレレソロを目指したい」と大口を叩いて入会した。 最初の課題曲は「ハッピーバースデイ」。 やさしい、実にやさしい曲なのに、指が動かない。 それでもなんとかこの曲をクリア。 次なる課題曲は ♪ うさぎ追いしかの山~ ♪ の「ふるさと」。これもまた笑っちゃうほど簡単そうな曲である。 がしかし、私の脳みそが私に向かって囁いたのだ 「あんたになんかできないよ」と。 そうして徐々に「私にはウクレレを弾く能力がない」という確信を抱くようになってしまい、ウクレレに関するすべての思いが淀んでしまった。
「頑張って続けるのか」「潔くやめるのか」イジイジと2ヶ月間も考えた末に「挫折」を決心。 1年前の話である。 いやいや、ハッピーバースデイさえ弾けない人間が、挫折を決意した、などと大げさなことを言って申し訳ない。 これまでだって数え切れないほどの挫折をしてきたはずなのだが、今回の挫折はなかなかに切なくて哀しいものだったのである。


 今も夫がギターやウクレレを弾くたび、私の心はちょっぴり痛むのであります。 写真はリビングに立てかけられている弦楽器。


くらしのたね 弦楽器

 

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プロフィール

こぐれひでこ プロフィール

1947年埼玉県生まれ。
イラストレーター。
デザイナーとして活動後、
『流行通信』での連載がきっかけとなり、イラストレーターに。著書には、「食」「暮らし」に関するエッセイも多く、毎日の食事を公開しているホームページ「ごはん日記」は2000年より連載中。読売新聞の「食」に関するコラム「食悦画帳」は2004年より連載中。著書は『こぐれひでこのおいしいスケッチ』(新潮文庫刊)、『小泉今日子×こぐれひでこ 往復書簡』(角川マガジンズ)