くらしのたね

基礎的日本語


基礎的日本語|こぐれひでこ

 町は選挙運動でにぎやかである。「厳しい戦いです。どうぞ、どうぞ、よろしくお願いします。○○党の●●でございます。頑張っております。ご支援お願いします」とがなり立てている。どの候補者の選挙カーも、がなり立てる内容はほぼ同じ。理念を語るひとも政策を語る人もいない。ただ「お願いします」の言葉だけがむなしく耳にこだまする。

 「戦いは厳しくて当たり前!」「がんばりは当選してから都議会でしてちょうだい!」「アナタの政治姿勢を伝えてくれなきゃ、支援しようがないじゃないの!」選挙カーに出会うたび、心の中にはそんな不満がふくれあがる。町角の選挙掲示板の前で立ち止まってみるが、どの写真にも、どのキャッチコピーにも、心はびくとも動かない。みんな、同じようにしか見えない。

 しかし、候補者9名の中に見覚えのある人が1名。2週間ほど前のこと。我が家のポストに一枚の写真つき名刺(のようなもの)が投げ込まれていた。「はは~ん、もうじき都議会議員選挙だから、選挙運動の始まりか」と思いながら裏返すと、手書き文字でこう書いてあった。

 「ご挨拶に伺いましたが、不在のため改めて伺います」 ん? なんか変じゃないか? ご挨拶の「ご」の字はおかしいだろう。自分が来たんだからさ。お願いしたい相手に対して[不在]? 挨拶の前の「ご」は[不在]の前につけるべきだろう。 「挨拶に参りましたが、ご不在のため改めて伺います」 私はこれが正しい日本語だと思うけど。

 候補者本人はもちろんのこと、この人を擁立する○○党、そしてこの文章にダメだししないブレーンの常識はどうなっているのか。この人に投票しないことだけは決定だ。候補者のホームページには「なるほどね」と思えるような4つの政策が記されているのだが……大丈夫か、この日本語力で?と、捨てずにとっておいた名刺を眺めながら、少しばかり背筋が寒くなったのである。
 失言が多発するおエライ方々、せめて基本的な日本語を身につけてください。



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プロフィール

こぐれひでこ プロフィール

1947年埼玉県生まれ。
イラストレーター。
デザイナーとして活動後、
『流行通信』での連載がきっかけとなり、イラストレーターに。著書には、「食」「暮らし」に関するエッセイも多く、毎日の食事を公開しているホームページ「ごはん日記」は2000年より連載中。読売新聞の「食」に関するコラム「食悦画帳」は2004年より連載中。著書は『こぐれひでこのおいしいスケッチ』(新潮文庫刊)、『小泉今日子×こぐれひでこ 往復書簡』(角川マガジンズ)