くらしのたね

美し国ジャポン!


 「ジャポン(日本)は美しい国ですね」
 二十数年前、93歳のフランス婦人に言われたとき、「?」と戸惑い、「ええまあ」と曖昧な返事をした。お世辞でも言っているのだろうと思ったのである。
 「若い頃はいろいろな国を旅したものだが、日本には行ったことがない。富士山は美しい。若い頃訪れておくべきだったと後悔している」
 婦人がそんな風に言葉を続けたので、「この人は日本に関する知識があるのだ!」と今度は驚いたのである。

 というのは、日本がまだ経済大国などともてはやされるもっと前、「日本はベトナムの隣?」とか「日本は香港の中にあるの?」などと訊ねる人に何人か会い、フランス人の日本認識はそんな程度なんだとがっかりさせられていたから。あ、蛇足ながら、「日本に犬はいるか?」という質問をした人もいる。
 そんな時代から20年後、フランスの老婦人からそんな言葉を聞こうとは! 仰天したのである。その頃の私は日本のことを美しい国だと思っていなかった。無計画に造られた大都市の乱雑さ、大都会の周辺に広がるビルや工場、雑多に建てられた小さな家々、味気ない集合住宅……老婦人と話しながら頭に浮かんだのはそんな風景だったので、頭の中に?マークが点滅したのである。
 しかし、今になって思えばなんのことはない、日本が美しい国だということを、日本人である私が知らなかっただけの話。恥ずかしいことだ。
 今なら「日本の自然は素晴らしいですよ!」と胸を張って言えるのに、時は戻ってくれないものか……。
 3ヶ月ぶりに長野県の山中にある我が山小屋を訪れて紅葉する山々をうっとり眺めていたとき、ふいに老婦人と交わした会話を思い出したのである。

標高1300mは深い秋の色合い。美しい!

標高1300mは深い秋の色合い。美しい!




標高2000mの木々たちは冬の準備を進めていた。これまた美しい!

標高2000mの木々たちは冬の準備を進めていた。これまた美しい!





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プロフィール

こぐれひでこ プロフィール

1947年埼玉県生まれ。
イラストレーター。
デザイナーとして活動後、
『流行通信』での連載がきっかけとなり、イラストレーターに。著書には、「食」「暮らし」に関するエッセイも多く、毎日の食事を公開しているホームページ「ごはん日記」は2000年より連載中。読売新聞の「食」に関するコラム「食悦画帳」は2004年より連載中。著書は『こぐれひでこのおいしいスケッチ』(新潮文庫刊)、『小泉今日子×こぐれひでこ 往復書簡』(角川マガジンズ)