くらしのたね

楽しかった停電の夜

 2月のある夜、夕食を作ろうとキッチンへ移動した数秒後、電気が消えた。 調べたらブレーカーは落ちていない。 我が家のどこかで漏電か? 不安になりながら門を出てみたら、裏の家の人がちょうど顔を出したところ。 「電気、消えていますか?」と訊ねたら「消えています。停電ですね」という返事。

 家に戻り、ロウソクに火をつけた。夫がネットで調べたところ、我が家周辺の1300軒が停電、原因は不明、とのこと。

 ロウソクをいっぱい持っていてよかったねえ、と言いながら、あっちにもこっちにもロウソクを灯す。 キッチンにもいっぱい灯して、その中で調理をする。 それを見て夫が「あんたへこたれないね」と感心していた。
 そりゃそうだよ、お夕飯を食べなくちゃ。



 私たちが小学生だったころ(60年前)、停電するのは度々のことだったので、どこの家にもロウソクがあった。 停電になると「あ~あ、またか」と言いながら、焦らずにロウソクに火を灯し、一家全員がロウソクのもとに集まって、電気がつくのを待った。 同級生の夫とそんな昔話をして、懐かしい気分になっていたら、停電が素敵な贈り物のように思えてきた。

 ロマンティック。 ドラマティック。 ノスタルジック。 なんだか楽しいなあ。 暗闇の中で作った「やみ鍋」的ミネストローネもカプレーゼもフェットゥチーネもワクワクしながら美味しく食べた。 遠足のお弁当みたいな気分。たまにはこういう非日常もいい。



 2時間後、家中が明るくなってしまった時、とてもがっかりしてしまったのでありました。 みなさん、ロウソクは常備しておいたほうがいいですよ。

 

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プロフィール

こぐれひでこ プロフィール

1947年埼玉県生まれ。
イラストレーター。
デザイナーとして活動後、
『流行通信』での連載がきっかけとなり、イラストレーターに。著書には、「食」「暮らし」に関するエッセイも多く、毎日の食事を公開しているホームページ「ごはん日記」は2000年より連載中。読売新聞の「食」に関するコラム「食悦画帳」は2004年より連載中。著書は『こぐれひでこのおいしいスケッチ』(新潮文庫刊)、『小泉今日子×こぐれひでこ 往復書簡』(角川マガジンズ)