くらしのたね

つまらないものですが。


 4ヶ月前、友人家族が目の前に海が広がる家に移住した。 海の見えるわが家(現在はまだ別荘的な扱い)にやってきて「海の近くで子供を育てるのもいいねえ」と彼らが口にしたのは、去年の12月。即座に行動を開始した彼らは、気に入った物件を入手、スケルトンから改装するという大事業を6ヶ月間でやり遂げ、さっさと東京を後にしたのである。すでに海辺の生活に馴染み、「引っ越してきてよかった~」と大満足の様子だ。彼らの決断力と実行力に大いなる憧れと絶大な尊敬を抱いている。

 先日、彼らの家で内装工事に携わった人たちを招いて食事会が開かれ、我々夫婦も参加。食べてしゃべって飲むうちに夜は更けた。酩酊寸前の人もチラホラ。タクシーを呼んで各自家路につく。 翌朝目覚める。飲み過ぎたみたいだ。頭がくらくらする。テーブルに黄色い封筒が見える。手に取ると「つまらないものですが。Lovely one for you」と書かれたシールが貼ってある。あ、昨夜帰るとき、「家の完成の記念品です」と手渡されたものだ。突如それを手渡されたシーンが思い出される。


足ツボ押し棒




 「つまらないものですが」を英語にすると「Lovely one for you 」なのか。なるほどねえ……と思いながら封筒をあけると素朴な足ツボ押し棒が現れた。じぇじぇ、素敵なセンス! お茶目なセンス! 笑った。頭が少しはっきりした。

 1年前まで通っていたヨガ教室では足裏指圧から始めることになっていて、これがとても気持ちよかった。疲れが取れた。ヨガはやめてもこれだけは続けようと思っていた。しかし、ヨガ教室で入手した足ツボ押し棒が、1ヶ月前から見当たらなくなっていて、どこかで購入せねば、と思っていた。そんな絶妙のタイミングで登場した足ツボ押し棒。最高に価値ある記念品だ! さっそく足裏をグリグリと指圧する。少しずつ頭のもやもやが抜け、体調が回復していくのを感じたのである。 



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プロフィール

こぐれひでこ プロフィール

1947年埼玉県生まれ。
イラストレーター。
デザイナーとして活動後、
『流行通信』での連載がきっかけとなり、イラストレーターに。著書には、「食」「暮らし」に関するエッセイも多く、毎日の食事を公開しているホームページ「
ごはん日記」は2000年より連載中。読売新聞の「食」に関するコラム「食悦画帳」は2004年より連載中。著書は『こぐれひでこのおいしいスケッチ』(新潮文庫刊)、『小泉今日子×こぐれひでこ 往復書簡』(角川マガジンズ)