くらしのたね

日本の家庭にはカトラリーも必要


 日本人ほど世界各国の料理を「旨い」「旨い」と食べる国民がいるだろうか。南ヨーロッパ料理、北ヨーロッパ料理、なじみの深い東アジア料理、インドシナ料理、インド料理、北アフリカ料理、あ、北アメリカ大陸の料理は当然のこと、南アメリカ大陸の料理も食べる。
 これほど「食」にどん欲で、垣根を作らない民族が日本以外にいるだろうか。世界中の大都市には日本と同じように多種類の国の料理店が立ち並んでいる。大繁盛している店もある。しかしである。そこに住む人々が自国以外の料理を家庭で作っているだろうか。答えは多分NOである。

 私が知る唯一の外国、フランスのパリで、フランス人の友人が日本料理を作った話を聴いたことがない。「日本料理、大好き」と言いながらも、彼らは作ろうとしない。それに比べ、日本はどうだ。スパゲッティひとつとってみても、現代の日本人が作るそれは本場よりおいしいかもしれない。赤ワインの牛肉煮だって、パエリアだって、クロックムッシューだって、本場並みのものを家庭で作る人は多い。日本人の持つ「何でも作ってみよう」という精神は、やはり、日本がもの造りの国だからなのか?

 しか~し、西洋料理を箸で食べるという場面に直面した時、私の気持ちは萎える。切り分けてあるステーキを箸でつまんで食べるより、狩猟民族のように自らの手で切りながら食べたいではないか。

 もちろん、箸はとんでもなく優れた道具だと思っているのだが、西洋料理を食べるときにはどうなのかなあ、と疑問を持っている私。
 かつて湯治場でイタリア料理を作ったことがある。部屋には小さな厨房があり、調理器具や食器などを貸与してくれる。しかし当然のことながら西洋料理に適した食器もカトラリーもない。完成したイタリア料理を和風の小皿に盛りつけ箸で食べた。味見したときおいしかったスパゲッティは、箸で口に運んだ途端、焼うどんのような味わいに変わってしまった。料理は道具で味が変わってしまうのだ。そんな苦い経験から、食が多様化している現代日本の家庭には西洋料理用のカトラリーも用意すべきだと私は考えるのだが……いかがかな?

カトラリー

これは12本ずつ揃ったセットの一部。せめて家族の人数プラス2本のカトラリーをそろえておくことをお勧めする。食事が豊かになること、請け合います。

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プロフィール

こぐれひでこ プロフィール

1947年埼玉県生まれ。
イラストレーター。
デザイナーとして活動後、
『流行通信』での連載がきっかけとなり、イラストレーターに。著書には、「食」「暮らし」に関するエッセイも多く、毎日の食事を公開しているホームページ「ごはん日記」は2000年より連載中。読売新聞の「食」に関するコラム「食悦画帳」は2004年より連載中。著書は『こぐれひでこのおいしいスケッチ』(新潮文庫刊)、『小泉今日子×こぐれひでこ 往復書簡』(角川マガジンズ)