くらしのたね

初心を喚起させる思い出のモノ

中目黒駅前のスーパーで夕食用の買い物をし、
いつもの道を歩いていると、後ろを歩く若い男性の会話が聞こえてきた。

「こういう町には住みたくない」

「そりゃあ栃木がイチバンいいに決まっているけどさあ……」

聴きながら、東京にだって栃木にはないイイこともある。
それが早く見つかるといいね、などと考えていたら、声が遠ざかった。

東京になじむ第一歩はEXILEか?

彼らはEXILE TRIBEに並ぶ行列の最後尾で歩を止めたのである。
EXILEとはあのEXILE。

彼らのSHOPが我が家のすぐそばにあり、週末祭日になると長蛇の列を作るのである。そのまま家路をたどりながら、EXILEの商品が彼らにとって東京生活開始のいい記念品になればいい、思考をストップせず東京と向き合っていろんなことを学んで欲しい、と願った。



パリ生活第一歩の記念品はこれ。

私も25歳のとき住み始めたパリで彼らと似たような経験をしたことがある。
初めて見聞きする異国文化への激しい興味と、心の底で渦巻く望郷の念。
多分、彼らもただいま、そういうことと戦っている最中なのだろう。頑張れ!

40年前、パリで初めて買ったものがこのカフェオレカップ。
これを目にすると、どうやってこれからこの見知らぬ国で暮らしていったらいいのだろうと途方にくれていた日々のことが思い出され、処分する気にはとてもなれない。
思い出はモノではない。
しかし稀に、初心を喚起させてくれる大切なモノもあるのである。


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プロフィール

こぐれひでこ プロフィール

1947年埼玉県生まれ。
イラストレーター。
デザイナーとして活動後、
『流行通信』での連載がきっかけとなり、イラストレーターに。著書には、「食」「暮らし」に関するエッセイも多く、毎日の食事を公開しているホームページ「ごはん日記」は2000年より連載中。読売新聞の「食」に関するコラム「食悦画帳」は2004年より連載中。著書は『こぐれひでこのおいしいスケッチ』(新潮文庫刊)、『小泉今日子×こぐれひでこ 往復書簡』(角川マガジンズ)