くらしのたね

温故知旨のススメ


 「おいしいねえ!」夫とふたり、口を揃えて言った。炊きたてのごはんがおいしいのである。冷えてもおいしいのである。冷凍してもおいしいのである。いつもと同じ米なのに、ごはん一粒ずつの存在が口の中で確認できる。こういう感じを「ごはんが立っている」って言うのかな、と思いながら味わう。ごはん特有のいい匂いがする。鍋底についたおこげを均等に分け合って食べる。ごはんをこれほど愛でたことがあっただろうか。


ごはん


 夏の初めに友人が営むBARへ出かけたとき、「子供がね、父の日に炊飯器を買ってくれてさあ。それで炊いたごはんがものすごくうまいんだ。最近、ごはんばっかり食べているよ」、挨拶もそこそこに、そう言った友人の顔が浮かんだ。彼と私は同い年。どちらかと言えばごはんよりも、おかずの方に基軸を置いた食生活をしてきたのも同じだ。彼の嬉しそうな顔を見ながら、「そう言えば私もごはんはおいしいものだなあ、と感じることが近頃多くなってきた」と思っていた。この一致は偶然ではなく、年齢を重ねると現れる必然の欲求……日本人としての「素」がむき出しになってきたせいなのだろうか。


 いやはやごはんが、ごはんがうまい! これなら梅干し一個だけでも、沢庵数切れだけでも、めざし2本だけでも、一膳のごはんはおいしくいただける。
 なにゆえ今更「ごはんがうまい」なんてことをわざわざ言うのか、そのワケは最新型の炊飯器を買ったから。前出のBAR経営者が感動する炊飯器とは別会社の製品だが、えこひいきしてはイケナイので、商品名は伏せておく。中国からの観光客が何台もの日本製炊飯器を買う映像をTVでよく見かけるが、あれはねえ、本当に正しいお買い物だわねえ、と、私は深く深く頷くのである。


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プロフィール

こぐれひでこ プロフィール

1947年埼玉県生まれ。
イラストレーター。
デザイナーとして活動後、
『流行通信』での連載がきっかけとなり、イラストレーターに。著書には、「食」「暮らし」に関するエッセイも多く、毎日の食事を公開しているホームページ「ごはん日記」は2000年より連載中。読売新聞の「食」に関するコラム「食悦画帳」は2004年より連載中。著書は『こぐれひでこのおいしいスケッチ』(新潮文庫刊)、『小泉今日子×こぐれひでこ 往復書簡』(角川マガジンズ)